つかぽんのひとりごと

つかぽんがつらつらと綴る場所です。

日記:2024.3/31 「惜しまれながらの閉店」

皆さんこんばんは。

 

今日は、久留米にあるボウリング場+アミューズメント施設の「ユーズボウル久留米」の最終営業日だった。

つい3日前に行ったばかりだったけれど、やっぱり最後を見届けたくなって今日も行くことにした。

 

ユーズボウルは福岡は久留米と北九州、山口の宇部と萩、岡山の津山にあるボウリング場。

www.us-bowl.co.jp

ユーズボウル久留米は元々は「昭和トップレーン」という名前で1973年に開館したボウリング場で、51年の歴史がある。

建物や設備の老朽化に伴っての閉館ということで、北九州と宇部の店舗も同様の理由で今日付けで閉館となった。

 

僕が初めてユーズボウル久留米を訪れたのは8年前で、当時は珍しく福岡県内で弐寺beatmania IIDX)の録画ができる店舗と聞き足を運んだのがきっかけ。

※今でこそライトニングモデルなら筐体で録画されたプレイ動画を購入して公式HPからダウンロードすることができるが、当時は筐体にカメラや録画機能はなく、店舗で録画に必要な設備を外付けする必要があった。

 

福岡県の南部(筑後地方)では随一の筐体台数とメンテナンスで環境はかなり良く、それから久留米に用事がある際に立ち寄ってプレイしていた。

そこに、2/1に突然閉館のお知らせが舞い込んできたと。

 

今日は15時30分頃にユーズボウル久留米へ到着(ポストは1時間後になったが)。

 

中に入ると今まで見たことないくらいの賑わいを見せていた。

とりあえず1台のライトニングモデルで稼働している弐寺へ並ぶ。

この時は7人待ちくらいだったかな?

ただ、ペアでプレイする人もいたので50分くらいで回ってきた。

ここではDPで気分でやりたい曲を4曲プレイ。

 

そこから順番待ちの用紙が来たので名前を書いたけど、

17時くらいからどんどん人が増えてきて、2回目が回ってきたのは1時間後の18時ごろ。

1曲目に「THANK YOU FOR PLAYING」(ありがとうの意味を込めて)

2曲目に「PARADISE LOST」(貴重な筑後地方の音ゲー設置店がなくなってしまうのを惜しんで)

をそれぞれプレイ。

これがユーズボウル久留米での現行バージョン最後のプレイとなった。

2回目のプレイが終わった時点で弐寺のエリアだけでも14~5人くらいは居て、3回目は無理なのは明らかだったので、もう一つ旧筐体で旧作のRootageが稼働していたのでそちらでDP六段をプレイ。

1曲目がmosaicなのがすごく懐かしかった。あと図らずとも2曲目が「サヨナラ・ヘヴン」だったので少しセンチな気持ちに…(´;ω;`)

 

他の人も、「LAST DAY」や「走馬灯 The Last Song-」、「サヨナラ・ヘヴン」などをプレイしていて非常にエモかった。

 

閉店が19時なので、15分前の18時45分には筐体の新規クレジット投入ができなくなり、

10分前になると音ゲーコーナーの照明が落とされ、筐体から発する光のみの空間に。

そして迎えた、閉店時間の19時――

特に店内アナウンスなどはなく、ひっそりと幕を閉じた。

さようなら、そしてありがとう。ユーズボウル久留米!!

 

ゲームセンターの閉店の瞬間に立ち会ったのは初めてだったけど、

こんなにも切ないものなんだなと痛感した。

僕なんかよりも久留米周辺に住んでいて、昔から世話になった人なんかはこんなの比じゃないくらい悲しいだろうな…

今日はここをホームにしていた人たちで賑やかで、思い出話に花を咲かせたり記念撮影したりと、皆から愛されてた場所なんだなと感じた。

 

 

そして、ユーズボウル久留米が閉館したことで問題が一つ。

福岡県内の弐寺現行バージョンの稼働店舗、ラウンドワン大野城以南全滅。

 

福岡ですらこの状況…

久留米の近辺では佐賀県になるがサンゲームス鳥栖パレットタウン)か、熊本県荒尾市まで下ればパスカワールドグリーンランド店があるにはある。

サンゲームス鳥栖は近いけども旧筐体1台のみの設置、パスカワールドは単純に遠い+車で行くことが推奨なので不便。

となると、それなりの台数とメンテを期待するならば大野城か博多~天神、もしくは佐賀のラウンドワンまで行かないといけなくなる。

ほんの2-3年前は県南部にもっと設置店舗あったのにな…

ともかく、近隣にプレイする環境がないというのはものすごい不便だし、モチベーションも下がってしまうんだよね。

一応今は環境さえ整えればINFINITASで自宅でもプレイはできるが…

その環境を整えるのが大変ってそれ一番言わ(ry

 

そんなこんなで、ロスを感じながら帰宅し

こうやって記事を書いたのでした。

 

それではこの辺で。